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長 野電鉄
本 社所在地
長野市権 堂町2201
設  立
1920 (大正9)年5月20日
資 本金
4億 9,500万円
公 式Webサイト
http://www.nagaden-net.co.jp/
目   次
1.長野都市圏における長野電鉄
2.長野電鉄の輸送の現況
  @1日平均乗車人員の推移
  
A信濃吉田駅と北長野駅
  B長野〜朝陽間の沿線風景

3.長野電鉄のダイヤ

長野駅 地下駅は2面3線 2010.11

信濃吉田駅に進入する長野行き普通列車 2013.8

1.長野都市圏における長野電鉄  
 長野市は人口381,511人(2010年10月現在)で、周辺の須坂市、中野市、小布施町などを合わせた長野都市圏は約60万人規模である。
 長野都市圏は1998年に開催された冬季オリンピックに間に合わせるように新幹線や高速道路、その他幹線道路の整備が進んだが、既存の長野電鉄やJR線 などの在来線についても地道に改良等の投資が続けられており、地方都市としては鉄道などの公共交通機関の利便性が高い地域と言えるだろう。
 このような長野都市圏の公共交通機関の特性については、コトノハセイサクショさんのWebサイト「IDO style」 に通 勤ラッシュのある街−長野市−≠ニ題した大変興味深いレポートがある。
 その論点を私なりに要約すると以下の通りになる。
@地形的 特性として、山や河川に囲まれ線上に都市が連なるなど鉄道輸送が相対的に有利
A長野市の総合的な都市計画として、居住系を鉄道沿線に集めるようにして通勤・通学輸送を鉄道へ誘導
B鉄道やバス、タクシーなどの事業者側の努力によるサービス向上と道路整備によるバスレーンの設置など行政側の施策の相乗効果により、自動車利用を否定す るのではなく住民に対して公共交通機関を含めた様々な利便性を提案することの重要性
Cそのような中で長野電鉄は、開業当初から長野側を複線とするなど都市内輸送≠ノ積極的で、その後も1966年には地方民鉄としては画期的な20m4扉 のOSカーの導 入、1969年の本郷駅の橋上駅舎化、1981年の長野〜善光寺下間の地下化などの近代化投資を積極的に行い、長野都市圏の公共交通の要としての役割を果 たし続けている

 長野電鉄の地下区間における通勤ラッシュの風景を切り取った写真は、長野電鉄の都市的な輸送を象徴的に表現しており、個人的に大変興味を引くもだった。
 地方民鉄の中でも屈指の都市形輸送を行っていると言われても説得力のある内容で、私がこのサイトを作りたくなったのもこ のページを読んだことが1つの理由だと思う。確かに地方都市としては稀有な地下化による連続立体交差を行い市内に4つの地下駅があり、まと まった距離・区間の複線化がされ20m級4扉車が運転されている地方民鉄というのは珍しい存在で、長野市の都市規模から考えると破格の水準とも言えそう だ。

▼長野都市圏の自治体別人口推移

1985 年10月
1990 年10月
1995 年10月
2000 年10月
2005 年10月
2010 年10月
長 野市
336,973
347,026
358,516
360,112
378,512
381,511
須 坂市
53,611
53,662
53,842
54,207
53,668
52,168
小 布施町
11,663
11,568
11,436
11,460
11,477
11,072
中 野市
40,532
40,996
42,292
42,624
46,788
45,638
山 ノ内町
18,546
17,680
16,951
15,900
14,704
13,678
(総務省『国勢調査』より作成)

 戦後の長野都市圏において、長野電鉄と鉄道や道路などのインフラがどのように整備されていったのかを年表を使って纏めてみることにした。

▼長野都市圏と長野電鉄の戦後の沿革

長  野 都 市 圏
長  野 電 鉄
1950 (昭25)年
8.1  国鉄の長野鉄道管理局が設置される

1956 (昭31)年

5.15  長野線 信濃吉田朝陽間が複線化
1957 (昭32)年

3.15  長野〜湯田中間で特急の運転開始
特急にはハイメカニズムと上質な設備を兼ね備えた2000系を2編成を新製し導入
1958 (昭33)年
1.8  信越本線 北長野〜豊野間に三才駅が開業

1960 (昭35)年

4.11  河東線の須坂〜小布施間の豊洲駅が北須坂駅に改称の上、営業再開
1963 (昭38)年
7.25  信越本線 軽井沢〜長野間の電化が完成

1966 (昭41)年
9.X  国道18号 長野バイパスが全線開通
10.16 長野市、篠ノ井市、松代町など2市3町3村が大合併(人口27.2万人)
11.X ながの丸善(現、ながの東急百貨店)が長野駅前に店舗を移転
X.X  通勤通学ラッシュ対策として20m級4扉車の0系(OSカー)を導入
1967 (昭42)年
4.1  県内初のバスターミナルが、長野工業高校跡に完成

1969 (昭44)年
11.2  国道18号 長野大橋が開通し長野バイパスと接続
3.29  長野線 本郷駅の橋上駅舎完成
1974 (昭49)年
1.19  長野市の人口が住民基本台帳で30万人を突破

1975 (昭50)年
5.12  長野市で初めてのバス専用レーンが県道丹波島篠ノ井線で開始
11.X ながの東急百貨店が長野店を増床リニューアル
12.17  須坂駅の全面改築完了
1981 (昭56)年
4.4  国道18号 篠ノ井バイパスが一部開通し長野大橋と接続
3.1  長野線 長野善光寺下間が連続立体交差事業により地下化
1982 (昭57)年
4.2  篠ノ井バイパスが全面開通
4.5 交通量抑制を目指し日替わり通勤の市民運動が開始

1984 (昭59)年
10.X  長野市内の国道18号線で中央線変移方式開始
12.15  長野線 長野朝陽間でCTC使用開始(朝陽〜湯田中間は1980年にCTC化)
1985 (昭60)年
3.14  信越本線 川中島〜長野間に安茂里駅が開業
4.6 長野ステーションビルMIDORIが開業
3.14  長野線 朝陽〜柳原間に附属中学前駅が開業
1986 (昭61)年
10.X  バス専用レーンが中氷鉋〜青木島間に設置
11.X ながの東急百貨店が新館シェルシェ開設、本館増床
12.20 新丹波島橋が完成し開通式を挙行

1987 (昭62)年

10.8  長野線 村山〜須坂間の日野駅が営業再開
1990 (平02)年
11.X  北長野駅前にながの東急ライフ開店

1991 (平03)年
8.20  長野市の人口が住民基本台帳で35万人を突破

1993 (平05)年
3.22  丹波島橋が4車線化され開通
3.25 長野道 豊科IC〜更埴JCT間及び
上信越道 更埴JCT〜須坂長野東IC間が開通
4.X  営団地下鉄より廃車となった日比谷線車両を大量購入し3500系、3600系とした
1994(平06)年

6.24  河東線 北須坂駅の交換駅化・駅舎改築工事完成
10.13 河東線 延徳駅が300m信州中野寄りに移転し交換駅 化・駅舎新築工事完成
10.15 ダイヤ改正により長野〜信州中野間の普通列車を日中毎時4本に倍増
1995 (平07)年
9.14  篠ノ井駅の橋上駅舎が完成
11.30 上信越道 須坂長野東IC〜信州中野IC間が開通

1996 (平08)年
6.22  JR長野駅の橋上駅舎が完成
9.24 県道長野須坂インター線の新屋島橋が開通
11.14 上信越道 小諸IC〜更埴JCT間が開通
12.26 五輪大橋(有料道路)が開通

1997 (平09)年
10.1  長野新幹線 高崎〜長野間が開業
信越本線 篠ノ井〜川中島間に今井駅が開業
12.2 国道18号 母袋高架橋が完成
12.24 国道19号 長野南バイパスが開通
4.1  長野線 信濃吉田駅の橋上駅舎完成
1999 (平11)年
4.1  長野市が中核市に移行
10.30 上信越道が全線開通

2000 (平12)年

10.1  長野線 長野信州中野間でワンマン運転開始
2001 (平13)年

10.15  長野線 市役所前駅の南口利用者減少に伴い営業時間が平日の通勤 時間のみに
2002 (平14)年

4.1  河東線 信州中野木島間が廃止
2005 (平17)年
11.X  ながの東急百貨店が新館シェルシェを増床
9.2  東急電鉄より購入した8500系が長野信州中野間で営業運転開始
2007 (平19)年

3.1  長野線 北須坂駅が無人駅化
2009 (平21)年

10.1  長野線 村山駅は利用客減少のため無人駅化
11.9 長野線 村山橋新線供用開始
2011 (平23)年

2.13  平日ダイヤと土休日ダイヤを統合
ダイヤ改正により朝陽駅はB特急停車化、北須坂駅はB特急通過化


長野駅前 バス、タクシーのほか歩行者も多く活気がある 2010.11

長野大通り 長野電鉄の連続立体交差化(地下化)によって生まれた道路 2013.8

県道77号線(この辺) 中氷 鉋〜青木島間のバス専用レーン 2010.11

国道18号線 長野都市圏は道路整備も着実に進んでいる 2010.11


2.長野電鉄の輸送の現況  

@1日平均乗車人員の推移  
 上述のように長野電鉄が長野都市圏における都市内輸送において大きな役割を果たしていると述べたが、実際の輸送のボリュームとしてはどの程度のもの なのだろうか。それを数字から実感してみたく長野電鉄の主要駅(長野市内は全駅)の1日平均の乗車人員数を下記の表に纏めてみた。
 ターミナルの長野駅で約5千人/日の乗車人員があり、つまり1日平均では約1万人の利用客があるということになる。通勤通学でまとまった輸送を行ってい ると いうイメージに対して、実態の数字としてはやや少ないかなという気がする。長野市街地に位置する市役所前、権堂はそれぞれ約1千人、約3千人程度の利用 客となるので、やはりちょっと寂しい数字という気もする。
 また2011年2月のダイヤ改正からB特急停車駅になった朝陽駅は、2000年代半ばからほぼ横這い傾向を保っていることが分かる。ただ絶対数では依然 として隣接する非特急停 車駅の附属中学前駅の方が多いのだが、同駅は減少傾向が続いているので重要度的には朝陽駅が上なのだろうか?

長 野電鉄 長野〜信州中野間の主要駅(長野〜小布施は各駅)の1日平均乗車人員数の推移 (単位:人)

長 野
市 役所前
権 堂
善 光寺下
本 郷
桐 原
信 濃吉田
朝 陽
附 属中学前
柳 原
村 山
日野
須 坂
北 須坂
小 布施
信 州中野
特 急停車駅
A  B
B
A  B

B

B
B




A  B

A  B
A  B
営 業キロ
0.0km
0.4km
1.0km
1.6km
2.7km
3.6km
4.3km
6.3km
7.0km
8.0km
10.0km
11.0km
12.5km
15.0km
17.5 q
25.6 q
1985 年度
6,615
978
2,340
787
2,309
1,301
1,540
1,659
1,083
629
435

4,288
719
901
2,744
1990 年度
6,864
866
2,141
837
2,203
1,084
1,510
1,576
1,275
592
600
127
4,288
653
890
2,779
1995 年度
7,314
938
2,269
909
2,247
1,042
1,584
1,529
1,247
748
623
161
4,284
611
905
2,643
2000 年度
6,306
767
1,959
782
2,048
870
1,533
1,338
1,583
643
535
155
3,792
482
829
2,139
2005 年度
  5,444
563
  1,562
568
  1,639
836
1,415
989
1,266
556
376
141
  3,292
388
749
1,600
2007 年度
  5,376
534
  1,463
516
  1,558
795
1,290
987
1,296
559
368
142
  3,301
358
705
1,568
2009 年度
  5,019
530
  1,407
526
  1,454
795
1,246
980
1,155
532
300
161
  3,100
360
693
1,540
2010 年度 5,110
517
1,337
528
1,434
800
1,247
985
1,110
557
298
162
3,113
358
689
1,523
2011 年度 5,111
503
1,263
549
1,339
832
1,320
970
1,086
564
322
162
3,202
353 711
1,497
(各自治体の統計書より作成)

 一方でJR長野駅はどうだろうか。下記の表から分かる通り乗車人員で2万人/日を超えているので、長野電鉄の長野駅の4倍の利用客がある。 もちろんJR長野駅は新幹線の利用客も含まれるし、しなの鉄道や篠ノ井線、飯山線が乗り入れてくるので単一路線の長野電鉄長野駅とは単純な比較はできな いのだが、これだけ大きな差があるというのは紛れもない事実である。
 長野電鉄とJR信越本線は長野〜北長野は並行し、それ以北は離れてしまうがJR豊野駅と長野電鉄の小布施は長野からの方向としては北東に位置し、競合す ると言えなくもない。そんなわけで長野〜豊野間の1日平均乗車人員数の推移を纏めてみた。

JR 東日本 長野〜豊野間の1日平均乗車人員数の推移 (単位:人)

長 野
北 長野
三 才
豊 野
営 業キロ
0.0 q
3.9 q
6.8 q
10.8 q
1985 年度
18,618
1,473
1,729
1,103
1990 年度
22,227
1,704
1,869
1,075
1995 年度
23,151
1,897
2,096
1,125
2000 年度
  23,266 1,834   1,877   1,050
2005 年度
  21,894 1,937   1,570   1,033
2007 年度
  21,637 1,954   1,480   1,023
2009 年度
  21,488 1,928   1,482   966
2010 年度
  20,960 1,948   1,481   935
2011 年度
20,859
1,990
1,468
944
2012 年度
21,165
2,057
1,496
930
(JR東日本のwebサイトより作成)

A信濃吉田駅と北長野駅  

 長野電鉄の信濃吉田駅とJR信越本線の北長野駅は約300m程度しか 離れておらず、長野駅との間においては競合関係にあると言える。上記の乗車人員を 比べると信濃吉田駅が2011年度で1,320人なのに対して北長野駅は1,990人でJRの方が若干上回っている。そこで長野駅との間の輸送について比 較 したのが下記の表である。

▼信濃吉田・北長野〜長野(権堂)間の輸送条件の比較

長 野電鉄
信濃吉田〜長野
JR 東日本
北長野〜長野
営 業キロ
4.3km
3.9km
片 道運賃
240 円(権堂まで180円)
※特急料金は別途100円
180 円

所 要時間
普 通:9分(権堂まで6分)
B特急:8分(権堂まで5分)
普 通のみ:5分
運 転頻度
日 中は普通が2〜3本/時
B特急は朝・夕以降のみ
日 中は普通が1〜2本/時
(JTB時刻表及びwebサイトより作成)
 運賃や所要時間の面ではJRの方が有利だが、長野電鉄は繁華街に隣接する権堂駅までなら運賃は同額になるし、所要時間もJR長野駅から権堂までの移動時 間を考えれば逆転すると言えるだろう。運転頻度的には長野電鉄に軍配が上がるので、良い勝負なのではないか。むしろ信濃吉田・北長野の両駅界隈は非常に鉄 道の 利便性 が高い地域と言えるだろう。
 また信濃吉田駅と北長野駅の間には、東急百貨店系列の「ながの東急ライ フ」のショッピングセンターがあり、周辺には高層マンションが林立し都市近郊の風景となっている。


信濃吉田駅 近代的な橋上駅舎 背後には巨大なマンションが建つ 2013.8

北長野駅 長野新幹線の高架下に駅舎がある 2013.8

信濃吉田駅コンコース 自動券売機は1台のみ 2013.8

信濃吉田駅に停車中の信州中野行き普通列車 2013.8


B長野〜朝陽間の沿線風景  
 長野電鉄の魅力は何と言っても地方民鉄としては希有な地下区間の存在とこれまた珍しい部類に入る複線区間の存在である、と個人的に思っている。そこで地 下化を含む複線区間の長野〜朝陽間の沿線風景を纏めておく。

▼長野駅

長野駅 東急百貨店前に地下への入口がある 2013.8

長野駅 2面3線の2番線に特急が停車する 2010.11

▼市役所前駅

市役所前駅 地下鉄然とした駅への入口、周囲は業務ビルが建つオフィス街 2010.11

市役所前駅 営業時間外は不気味な雰囲気が漂う南口 2010.11

市役所前駅 自動改札が無いためか大都市の地下鉄とは異なる雰囲気 2010.11

市役所前駅プラットホーム 上りエスカレーターのみ完備 2010.11

▼権堂駅

権堂駅 2013.8

権堂駅 イトーヨーカドーの前にはバス停もある 2013.8

権堂駅 地下でイトーヨーカドーと接続 2013.8

権堂駅 地下駅は薄暗い 2013.8

▼桐原駅〜信濃吉田駅
 線路沿いは戸建住宅を中心にアパートやマンションが無秩序に建っている。広い道路はあまり無く、狭い踏切が多数あるので、典型的な古くか らの市街地らしい雑然とした雰囲気である。
 そのような中を複線電化の線路が伸びているわけだが、PC枕木ではないし、40kgレールを使っているようにも見えるので静岡鉄道のような大手民鉄 らしさは感じられない。まぁ走っている車両は元東急なのでそういった点では、東京の郊外を彷彿とさせるものはあるかもしれないが…。

信濃吉田駅に進入する信州中野行き普通列車 2013.8

信濃吉田駅に停車中の長野行き普通列車 2013.8

信濃吉田駅周辺には高層マンションが建ち並ぶ 2013.8

朝陽〜信濃吉田間を走る長野行き普通列車 2013.8

▼信濃吉田駅〜朝陽駅

 長野〜朝陽間で最も駅間距離が長いのが信濃吉田〜朝陽間で2.0km の営業キロがある。その他の駅間は1.0km前後で、1.0km未満の駅間距離が多いことを考えると、信濃吉田〜朝陽間に新駅を設置することを検討しても 良いのではないだろうか。沿線は十分市街地化している。

 そこで、左の地図で○で囲った辺りを候補地として考えてみた。この○の北側の稲田地区は土地区画整理事業によって住宅地として発展しており、2009年 1月現在で約5,500人の人口がある(Wikipediaよ り)。ということで稲田駅(仮)として提案したい。


朝陽駅 複線化された信濃吉田駅方向を望む 渡り線があり折り返しや追い抜きが 可能 2010.11

朝陽駅 長野からの複線区間が終了する 2010.11

朝陽駅の木造駅舎 2010.11

朝陽駅 須坂行き普通列車 ここから須坂方向が単線 2010.11


3.長野電鉄のダイヤ  
 長野電鉄は長野オリンピック開催を前に輸送力の増強に挑んでいた時期があり、年表で言うと1994年の北須坂駅・延徳駅の交換設備の新設とそれを受けて の10月ダイヤ改正による長野〜信州中野間の普通列車倍増がそれにあたる。
 実際、手元にある1995年7月の時刻表では、長野発湯田中行き普通列車が9時〜17時まで毎時32分発、長野発信州中野行き普通列車が11時〜17時 まで毎時03・14・47分発、それ以外に長野〜湯田中間の特急が9時〜16時は毎時20分発とかなり綺麗なネットダイヤが組まれていた。
 ところが現在は長野発の普通列車は毎時2〜3本で発時刻は全く一定ではなく更に須坂止まりの普通列車も少なくないため長野〜信州中野間の普通列車は毎時 1〜2本レベルだ。同じく特急も1時間以上空く時間があったりとこれまた発時刻は一定ではない。このように一時期よりも列車本数が大きく減り、運 転間隔もバラバラとダイヤが相当退化してしまったのは残念だ。このように退化したのがいつからなのかは、時刻表を調べきれていないのではっきりしないのだ が、少なくとも2002年8月の時刻表では長野〜信州中野間は日中毎時3本の普通列車はまだ確保されていた。

 確かに長野〜信州中野間の乗車人員数を見ると、普通列車を片道で毎時4本も走らせるような水準とはとても思えない。しかしそれでも長野電鉄はダイヤの 利便性を確保して利用者を少しでも増やそうと意欲的なダイヤを組んだと思われるだけに、需要に見合った運転本数に減らすのはやむを得ないにしても、利便性 の高いネットダイヤだけでも維持すべきだったと思えてならない。地下化された複線区間を持つレベルの民鉄ならば日中でも最低片道20分間隔のネットダイ ヤで普通列車を走らせて欲しいと思うのは、贅沢ではないだろう(笑)。ましてや長野クラスの都市ならばそれくらいは維持しても良いのではないだろうか。


長野駅改札口 自動改札化はされていない 2010.11

長野駅改札口 現在は日中でも11〜13時台は特急を含めても毎時3本だけの発 車 2010.11

【参考文献】
種村 直樹「善光寺平を駆ける 地域の足として生きる長野電鉄」『鉄道ジャーナル』第28巻第11号、1994年、所収
「長野市の歴史」『平成22年版 長野市統計書』の付表2(http://www.city.nagano.nagano.jp/upload/1/kikaku_toukei_toukeisyo_H22_22tf_02.pdf


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